#03 サイトと小説
昔シャープのワープロ専用機、書院(型番は失念。確かグリーンディスプレイで全角20文字×4行表示だったか)で小説を書いていた頃。それはキーボード一体型で重かった。印刷は転写式のインクリボンだったように思う。熱転写も出来たのだが、それ専用の紙がすぐ変色して余り使い物にならなかった。消耗品のランニングコストが高かったので、出来るだけ印刷の回数を少なくするように心掛けていた。推敲に推敲を重ねてようやく印刷。そしたらすぐにコンビニに走り、普通紙にコピー。コピーしたものを原本として必要ならばそれをコピーする。コピーなのに原本。今考えると我ながら可笑しいというか可愛い時代だった。そしてコピーしたものを切り貼りしてB4などの体裁にレイアウトし、再びコンビニへ。コンビニのコピー機からプリントアウトされる完成品を見ると苦労は吹っ飛んだものだった。
フォントやレイアウトは手作業ながら自分の意図するものを突き詰める事が出来た。出来上がったものは(内容は別にして)読む事が出来るに十分だったと思う。
つまりは可読性に関して問題は無かったということだ。
しかしこれがサイト上になるとどうか。
アップロードした後で、いつも不安になる。
きちんと可読性は保たれているのだろうか。読む事に疲れはしないだろうか。もう少しフォントサイズは大きくした方がいいのではなかろうか。行間を広げた方がいいのではなかろうか。
そうかと言って余りにフォントにこだわると、今度はページの問題が出てくる。
余りにページ数が多くなると、僕もそうだが、読む前から辟易する。
その辺りのバランスと妥協のターニングポイントをどこにするかに管理人としての判断が求められるのだ。読む以前の第一印象で敬遠されては悲しいし、読んで疲れて敬遠されるのも悲しい。
いかにHTMLやCSSでレイアウトしようと、元来文字要素が多い小説をサイトにアップするということは実は非常に難しいことなのだ。
そういった訳で僕は今日も悩む。
無い頭を捻って知恵を絞り出し、解説本を漁り、あーでもないこーでもないと唸っているのだ。だからこのサイトについてお気付きの点がありましたら、御遠慮なくメールやBBSでお知らせ下さい。作った人間が何度見ても気付かない、第三者の視点というものが、よりよくするためには必要なのです。
可読性やレイアウト云々の前に、コンテンツの内容を充実させるという事は重々承知しておりますので(苦笑)
(2003年5月5日)
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