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#17 それは33才 〜前編〜


 氷が溶けて薄くなった水割りを僕は一気に飲み干した。
 フゥッと息を吐いてトン、とグラスを置く。
 相変わらずマスターは微妙に体をくねらせながら、そして僕を見てはいなかった。



 10年前。
 僕は出始めのPHSを売りまくっていた。前職の建築資材を売っている会社が何を血迷ったかPHSに手を出したのだ。販売インセンティブ(契約報賞費)は今からは信じられないほど高かったし、通話料にも付いていた。通話料が高ければ高いほどそれは比例して会社に入った。
 取引先や友人、そしてその紹介にたった3種類しかない端末を売っていた僕はある年下の女の子と出会う。昔バイトをしていた会社の社長からの紹介だった。仮にEちゃんとする。Eちゃんはその頃、昼はマイナーブランドの洋服店店員、夜はスナックで働いていた。
 結構新しもの好きな彼女はすぐに一台契約してくれた。
 確か松下製の水色の端末だった。まだPHSが050で始まる番号の頃。最初期の端末はぼってりとしていて今の2倍はあろうかと言う大きさだ。
 それでも携帯が高嶺の花の時代、格安通話料のPHSは爆発的に広がりつつあったし、Eちゃんもすぐに気に入ってくれて、さらに友人を紹介してくれた。
 Eちゃんはサバサバとした性格で、気が合った僕らはそれ以来時々彼女のなじみの焼き鳥屋で飲むようになった。
 元々酒が強い彼女はほとんど酔わない。派手に騒ぐ事もないがだからと言って暗い酒でもない。普通か普通以下の酒量の僕には非常に有り難い。まあ有り難いもなにもその程度の酒量の人間に合わせる事は容易い事だったのだろう。
 飲んでいるとはいえ僕にとって彼女はお客さん。しかも紹介だ。どこで話がつながるか分からない。僕は僕で付かず離れずの微妙な距離を保っていた。飲んでも一軒で終わり。だから飲むと言うよりも色々な話に花を咲かせて楽しい時間を過ごせていた。
 彼女と出会ってしばらくした頃。
 珍しく彼女が「もう一軒だけ行きません?」と誘ってきた。彼女がバイトしているスナックの近くにあるスナックだと言う。彼女は時々ふらりと飲みに行っていてそこのマスターや女の子達とも知り合いだと言う。
 「そうだなあ。今日は行ってみよっかな。どんな雰囲気?」
 「うーん、変わってるって言うのかな」
 「変わってる?」
 「マスターが面白いの。絶対ショウさんとも合うと思うよ」
 「へえ」
 変わってるマスターと合う僕ってやっぱり変わってるのかな、と呟きながら僕らはその店に向かった。
 到着したのはまさに場末のスナックと言う表現がぴったりの店だった。
 「こ、ここ?」
 「そうだよ」
 「見てくれは良くはないけど中が面白いんだってば」
 Eちゃんは僕の背後から店内に押し込めるようにして先に店に入れた。
 ドアを開いたその先には。
 その頃TVのコメンテータとして知る人ぞ知る存在だった田中康夫がいた。
 いや、正確には田中康夫ではない。
 田中康夫をぎゅっと上から押し込んでひとまわり小さくしたような感じだった。
 しかし特徴のある丸い輪郭、小太りの体型、そして大きな目。
 驚くほどそっくりなその男は僕をチラリと見た。
 大きな目で見られたその時、時間で言えばほんの瞬間なのだが、何とも言えないぞくりとした感覚と本能的な防御感が僕を通り過ぎた。




後編へ続く



(2004年5月11日)




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