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#20 手が届いてしまった幸せ


 手を伸ばせばそこにある幸せは人間を駄目にする。
 手に届くものが心を満たし、そこで成長を止めてしまうからだ。
 前に進むエネルギーは人それぞれだろう。人に負けない時間をかけた努力だったり、人には言えないコンプレックスだったり。

 サップは残念ながら復帰戦(対レイ・セフォー/静岡)を白星で飾る事は出来なかった。
 けれども谷川氏は「気持ちが見えた、評価する」とのコメントを出した。しかし試合を見た感想ではサップはもう駄目だと僕は思った。相変わらず極度の興奮状態・無酸素ラッシュで、序盤で決められなければスタミナが切れて試合にならない癖は直ってないし、試合終了直後のコメントでは何も覚えていないと言っている。

 格闘技だけに我を忘れてのめり込む集中力も必要なのだが、冷静に自分をコントロールする技術も必要なのではないか。ガードを固める。ラッシュをかける。相手の弱点を突く。冷静でなければそういったものは分からないし最終的にはそれが勝敗を分けてしまう。幸いサップには恵まれた体格があり、それを利してのラッシュで技術不足を補ってきた。しかし自分をコントロールできないサップはオールオアナッシングの戦いしかできない。

 タイソンとの邂逅でも「サップは格闘技には向いていないのかも」と思ったカンが当たりつつあるのを僕は感じている。日本に来て、CMやヴァラエティ番組に引っ張りだこになって金と知名度を一挙に得てハングリー精神を失くしてしまったのだろうと断言するのは簡単だ。しかし元々どちらかと言えばインテリタイプ(タイプと言うよりも実際非常に聡明な人なのだが)で優しい性格の彼に格闘技は向いていなかったのだ。いくら煽りで試合前に高笑いをしても本人が気付いている筈だと思う。そういう人間が十分な金を稼げば、格闘技に対してのモチベーションが下がってしまうのも頷ける。

 手が届いてしまった幸せ。
 つくづく、幸せとは恐いものだと思う。
 目指していた時の気持ちが、到達した時にどれだけ変容してしまうのか。その幅でその人間の誠実さが分かると思う。
 ある地点に到達してから「あの人は変わった」と言われる事で、それまでの努力まで否定される。どれだけ環境が変わろうともやはり初心は忘れるべきではないのだ。格闘技にしろ、僕の普段の生活にしろ。

 両肩を抱かれ控え室に戻るサップの後ろ姿が目に焼き付いて離れない土曜の夜だった。


(2004年6月19日)




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