鳥肌が立つのを覚える完コピで、対バンにこれだけ見入ってしまうのは初めてだった。
言葉には出さなかったが、「よく見とけよ」と言ってくれたドラムのコーちゃんに感謝だ。後で三洋軒のラーメンでその気持ちを表すか。
六弦開放
私ら「A.I.2000」がトップで演奏を終えてフロアに戻って来た時にはすでに3組目でトリを務める「no-script」が演奏を始めていた。
コーちゃんが念押ししたのは「no-script」のギタリスト、ケンジの演奏だった。
「お前に無いもの持ってるから盗んでこい」
そう言われたものの、正直no-scriptってバンドは余り好きではなかった。ヘヴィメタル寄りのスピードチューンのオリジナルを得意とするインディーズバンドで、コアなファンが多く、すでにフロアではヴァンギングの嵐だ。
150人ほどの人間が一斉に頭を振っている光景は後で考えたら少し異様だ。好きな人間にはたまらないのだろうけど。
そんなフロアからのお節介すぎるとも言える熱気を受けてno-scriptはハイテンションで5曲目に突入した。アタマからスピード全開の曲だらけだ。
そんな中、ケンジは頭を振るでもなく、ノっている訳でもなく、無表情にひたすらリフを刻み続けあくまでクールにソロをこなしていた。どちらかと言えばバッキングを刻むサイドギターの方がはしゃぐ様に演奏している。
確かにケンジは上手かった。冷静な表情で淡々と弾いてはいるがいとも簡単にスウィープをキめ、ペンタスケールの上がり下がりは滑らかだ。
でも、それ以上の「何か」は私には伝わってこなかった。このレベルのギタリストはザラにいるじゃん。私は自分を棚に上げてそんな事を思っていた。
「ユミ、もうすぐだぜ」
一緒に隣で立って聴いていたコーちゃんが、まるで私の思いが聞こえたかの様に耳許で囁いた。このバンドはベースまで薄くオーヴァードライブをかけているから耳に痛い。
サビとギターソロが印象的な7曲目が終わり、ヴォーカルが荒い息で「ラストだ」と呟くとステージが暗転した。
ラストならそのまま突っ込めばいいのに。せっかくここまで「温めて」おいてインターバルを取るとは相当自信を持った曲をラストに持ってきているのだろう。
ステージにピンスポットが薄く入った時、私はステージにもう一人メンバーが出て来ているのに気付いた。
「キーボード?」
横を見るとコーちゃんはガムを噛みながらニヤついていた。
イントロはキーボードからだった。
「え?これ.......」
「黙って聴けよ」
幽かな音でコードを押さえるキーボードの横でケンジは瞑想でもするかのように目を閉じて天を仰いでいた。ドラムがハイハットでカウントを取りつつ、ベースが聞き覚えのあるフレーズで絡んでくる。
そう、スピードメタルとは似ても似つかないBON JOVIのLivin' on a prayerだった。
ドラムがフィルインしてギターも入って来た時、首筋にビリビリと電気が走ったような気がした。
「嘘........」
鳥肌が立つのを覚える完コピで、対バンにこれだけ見入ってしまうのは初めてだった。
今までの曲が嘘の様にエキサイターもディストーションも無くなり、シンプルなオーヴァードライブだけのギター。ベースも少しミッドを出してフレーズを際立たせる。高音使いまくりだったヴォーカルすら、こんなにうまかったのかと思える歌い方と流暢な英語。
そして何より、バンド一体でこの曲を楽しんでいる。
ギターソロに入る直前に馴れた手つきでピックアップをフロントに切り替える。聴こえる音のキラキラ感はコーラスかフランジャーのせいか。
ケンジの紡ぎ出す音に特別なテクは何も入っていないのに、そしてすでに何度も聴いた事のある曲なのに、私はケンジに釘付けだった。少しでもバンドをしたことがある人なら分かると思うが、一体感のあるバンドの中でもそれを引っ張っていく人間が必ずいるものだ。無表情ながらやはりケンジがこのバンドをリードしている。
「コイツら、一昨年まで二年間、LAで活動してたんだ」
何とも言えない気持ちが私を包んでいた。
脳裏に浮かんできたのは初めてエレキを持ってアンプから音を出した時のあの喜び。
CDではフェードアウトするアウトロも、いつか見た東京ドームでのライブのように最後の四小節をリピートするところまで完璧だった。
「どうだ?」
確かコーちゃんはそんな言葉を言ったと思うが、私は覚えていなかった。それぐらい、ケンジが立っていた場所を見詰めたまま余韻に浸っていた。
打ち上げの席でもケンジは寡黙だった。
「手取り足取り教えてもらえ」
実は昔からケンジと知り合いだったコーちゃんはそう言って私にケンジの側の席を譲ってくれたが、ケンジはバンドメンバーとも馴染むでもなく、ゆったりと煙草を吸っていた。
「あの」
ケンジはちらりと私を見た。
「.....良かったです、ライヴ。感動しました」
「そう」
冷たい人なのかな。まあこちらも感動したのはラストの曲だけだし。
「あの」
「なに」
あまり会話にならない雰囲気に私は困ってしまった。初対面とは言えここまでつっけんどんにされるとそれだけで私は引いてしまう。
「手、見せて下さい」
言うが早いか私はケンジの左手を掴んだ。
そう、ガシッという感じで掴んだ。
予想通りケンジの左手の指はボロボロだった。
「ギタリストの大事な手をこねくり回すな」
言葉とは裏腹に意外にもケンジは私に手を委ねたまま、微笑んでいた。
「極意ってあります?」
調子に乗った私はズケズケと聞いてみた。
「極意?」
「同じギタリストとして教えて頂ければ」
コーちゃんが、見ないようにして実はハラハラしながらこちらを気にしているのがおかしかった。
「何もないな」
しかしケンジの答えは拍子抜けするほど簡単だった。
「俺は教えられるほど偉くも上手くもない」
「.....そうですか」
「あ、でも一つだけあるかな」
「はい」
私は身を乗り出してケンジを見つめた。
ケンジは新しい煙草にジッポで火を付け、ふうっと煙を吐いた。
「何も無いところには姿を現すな。六弦開放に気をつけろ」
人の縁とは不思議なもので、それからケンジと私は二年間付き合っていた。
そしてケンジは不意に姿を消した。
ゴールデンウィークは忙しいからと言われて、三日間の連休が過ぎた後、ケンジのアパートは誰もいなくなっていた。
飲んだくれて荒れた一週間を過ごしたのを見計らってコーちゃんが、馴染みのスタジオに私を呼び出した。
コーちゃんは三十路を越えた大人らしく、余計な事は言わずに、ケンジから預かっていたという手紙を私に渡した。
それには、北海道で商売をしていたケンジの父の病が抜き差しならなくなり、恐らく家を継ぐために音楽を諦めなければならないこと、そして何も言わずに姿を消したことを詫びる文章が見覚えのある字でしたためてあった。
「コーちゃんは?」
一通り読んだ後、私は目を合わせずにコーちゃんに訊ねた。
「......すまん」
少し間を置いてコーちゃんは呟いた。
「そっか。知ってたのか」
そこにスタジオのマスター、タムラさんもやって来た。
「おう、ユミ、悪かったな。少し前から相談されてたんだけどな。絶対言うなって止められてたからさ」
御世話になっているタムラさんにそこまで言われると何も言えなくなる。
「私が女子高生みたいに取り乱すとでも思ったの?」
強がっても自然にじわっと目が潤む。
「ま、永遠に会えない訳じゃあねえし、辛いのはケンジも一緒だからな」
タムラさんは遠い目をして呟いた。
分かってる、分かってるよ。バンド、止めなきゃなんないケンジの方が辛いのは。でもさ、でもさ─────。
「ウチのスタジオの常連から久々にプロが出ると思ってたんだけどなあ」
わざと明るくタムラさんは言った。
「そう言えば」
コーちゃんがボソリと言った。
「これだけは聞いてくれってケンジが言ってた」
「なに」
「六弦開放の意味は分かったのか、だってさ」
私はケンジと初めて会った打ち上げを思い出していた。
「つっけんどんなアイツと曲がりなりにも二年付き合ったんだよ」
「そうか。そうだよな」
「アイツ、ギターはともかく、バンドサウンドに人一倍気を付けてた。無音の時はあくまで無音。それがバンドの一体感を生み出すんでしょ。大体あの時もナメてたよね。エレキの教則本に出てくるようなこと、ヌケヌケと言うんだもの」
「口数の少ないアイツなりに気を使ったんだろ」
分かってるよ、コーちゃん。
「オォィ、ユミィ」
タムラさんが奥から黒いギターケースを持って来た。
「ケンジからの餞別だそうだ」
目の前に置かれたハードケースを開く。
「餞別?何を言って─────」
懐かしい姿に息が詰まる。これは特別な時にしかライヴで使わなかった、アイツのお気に入り。彼女であり同じギタリストである私ですら触らせてもらえなかった。
初めて会ったあのライブでLivin' on a prayerを弾いていた、フェンダーのストラトキャスターがそこに静かに姿を横たえていた。
もう私の涙は止まらなかった。
<了>
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